ピアノ曲の進度と実力は本当に比例する?

ピアノ教則本をとにかく早くすすめたがる人、コンクールでとにかく難しい曲を弾きたがる人がいます。彼らはその進度にともなって本当の実力もつけているのか・・・  そのグレーゾーンに、今回実力派のピアノ講師が切り込みます。

 


今回のメルマガ執筆者 13年3月


『仙川ピアノ教室』  [東京都三鷹市新川]
田辺 菜穂子



ピアノのレッスンで、先生のだす課題曲がどんどん先に進んでいく。そして、ピアノコンクール出場のため、日頃からどんどん難しい曲にチャレンジしていく。

これは一見すると、ピアノ曲の進度と実力が比例しているかのようです。

こういう生徒さんたちは、それが目標になるし、その目標をひとつひとつクリアしてくこと自体が、おそらくうれしくてしかたがないのでしょう。 そして、彼らはたいていとても熱心です。もちろんその熱心さ、勤勉さを、悪く言うつもりはまったくありません。

しかし、あまりにスピード重視、わかりやすい目標と結果重視であるがゆえに、ピアノを美しく奏でるというあいまいだけれども最も大切な本来の意味を、どこかに置き忘れているのではないか。どうしても、そう感じざるを得ないのです。
 

ピアノに限らず習い事をしていく中で、親子共々すぐに結果を求めてしまうのが普通だと思います。両方にとって、忙しいこのご時世だからでしょうか。

例えば、大学受験の予備校の模試です。全国100位以内に入ったとか、英語、数学の偏差値が70を越えたなど、もしそうなれば、塾の先生や両親はこのわかりやすい結果に対して、きっとそれを成し遂げた子供を褒めてくれるでしょう。

たしかに全国100位以内とか偏差値70というのは、大学への合格に近づくレコード(記録)としての価値があり、それを成し遂げた努力と勤勉さに対して、惜しみなく褒めてやるべきだと思います。それは、とてもすごいことです。

でも、よく考えていただきたいのです。

そのことで、その子供が大学を卒業後、昨今いろんな意味で厳しい日本の社会を上手に渡っていく真の実力をつけたといえるでしょうか。あるいは、大学卒業後により良い人生を送るための人生の知恵を手に入れたのでしょうか。けっして、そうではないはずです。

今のお子さんたちは、長い人生の中でみれば短期的でわかりやすい目標である受験勉強に、あまりにもウエートを置きすぎているのかもしれません。そして、ひょっとすると人生を力強く生き抜く本当の実力を身につける機会を、そのことでずいぶん失っているのかもしれません。

これと同じようなことが、どうやら今の多くの熱心で勤勉なピアノの生徒さんにも起こっているように感じてしかたがないのです。


私はピアノの教本の進度と真の実力とは、必ずしも比例するものではないということを最近強く感じています。
むしろ、比例しない場合のほうが多いと考えています。


私の生徒の中で、年少から見ているAちゃんは今小2ですから、ちょうど4年が経ちました。

まだバイエルが終わりません・・・

今95番くらい、ようやく終わりにさしかかりました。
お母様もAちゃんも、マイペース、進度は気にせず、進んできました。

1週目は片手ずつ、2週目に両手になっていればよい方といった具合です。
そんなことですから、後から入ってきた生徒たちに、どんどんぬかされてしまいました!

でも、Aちゃんの音の質、音楽性、全てにおいて着実に備わっているという自信が私にはありました。 もし他の子と新曲を1週間で仕上げる競争をしたら、間違えなくAちゃんは負けます。譜読みの速度が遅いし、練習量も決して多くないのです。

ただし、もし同じ曲を数か月かけて仕上げたとしたら、Aちゃんが一番だと感じました。

もう1人、極端に進度の遅い生徒がいます・・・
その子にも同じようなことが言えます。


それで、何がよかったのかを、折にふれ考えていました。
もちろん持って生まれた才能もあるでしょう。

でも、共通して言えることは、進度が遅いからこそ片手の練習を必ずする。同じ曲を長く弾いていますから、内容も深く、また音の質についても細かく指導することができました。

初めは片手ずつですから、左手の伴奏形があれば、伴奏の中でも最低音のバスの音は少し強く、他の音は本当に軽くなど、細かいことまでこちらも要求するので、聴く耳も育ちます。

また右手のメロディーも、音がでていればいいのではなく、響きのあるまろやかな音を出すには、必ず脱力をして、指のスピードを使わず、腕の重さをかけるように、また別の所では指をたてるようにして、指の打鍵のスピードを使って・・・・などまで要求します。
30分で1曲ですから、ゆっくりとこのような音質とフレーズなどについての勉強ができるわけです。

それに比べ、譜読みの早い子はたくさんの曲を持ってきます。
レッスン時間は同じ30分ですから、細かく指導する時間がありません。スラスラ弾ければ終わりという形をとらざるをえないのです。

以前、丁寧なレッスンをするには30分では足りず、生徒たちには予習で持ってきた曲を全部見られないこともあることを了承してもらい、レッスンを進めていました。

でも、時間が足りず見てあげられないものがあれば、翌週、この間できなかった分に加えて、さらに次も、そのまた次も譜読みしてきてしまう・・・

早く進み、早く○(マル)をもらうことを、目標としているのです。
急ぎ過ぎることが、かえってよくない結果をもたらしています。


進度の遅い子供たちには、良い点がもう一つあります。
4分音符までの長く伸ばす音符の習得に時間をかけられたこと、これも重要です。

4分音符の半分の長さしかない短い8分音符がでてきてしまうと、ある程度テンポが速くなります。ですから、本来身につけるべき指をしっかり支え、押さえておくということが、必要なくなってしまう。そして、長く伸びている音をじっくり聴く耳が、育ちにくくなるのだなと感じました。

つまり、ゆっくり進めていくことで、音楽の本質にかかわる指導ができていたのです。


このように生徒を教える経験を多く持ち、その都度思索をめぐらせると、どうやらピアノ教本の進度と真の実力とは比例しないことのほうが多い、と言えそうなのです。

もちろん、すべての子供について進度と実力は比例しないと断言はいたしません。神童と呼ばれる子供のように、中には実力を伴いながらしかも教本習得のスピードが早いという子供もいるでしょう。

しかし、そういった子供は、おそらく一般的に稀であろうと考えられます。少なくとも私が長年教えてきた中では、進度と実力が比例しないことのほうが圧倒的に多かったのです。


曲の進みが早く、小さい時にコンクールで賞をとる子供たちは、たいへん多いです。しかし、大人になってもそのまま実力をつけている人は、そう多くはありません。

小さい時は難しい曲を毎日何時間も練習してこなせれば、評価されることもありますが、大人になれば、あの年齢であの曲が弾けてすごいという評価のされ方がなくなります。そうすると、本当の意味での音や、経験からくるにじみ出る音楽がなければダメなのだと感じています。

まだ若い生徒たちにはそれがわからず、発表会となれば、難しい曲を弾きたがる。その曲は以前もっと小さい子が弾いていたからいやだとか、そんな表面的な意見を直接、あるいは間接的に耳にすると、私としては憂いとともに、なんともいえない悲しい気持ちになります。

音楽とは、そのような表面的なものではなく、もっと奥深い部分で感じ、紡いでいくものだと考えています。

そういう子どもたちについてまず言えるのは、音の質が良くありません。そして、演奏全体に粗雑さが目立ち、丁寧さが感じられないのです。

ピアノを習っている生徒さんたちへのメッセージということなら、ふだんから、もっと丁寧な練習をしなければいけない、ということでしょう。

そして、練習もただ曲を弾くだけにとどまらず、音楽を創るという視点からいろいろなことを考え、工夫して練習することが必要です。


ところで、 先にお話した進度のゆっくりしているAちゃん。
今年度コンクールを受け、全国大会まで進むことができました。そして今また、その全国大会に向けて練習しています。

このAちゃんよりもっと進度の早い生徒たちもいますが、コンクールを受けさせるところまでは、残念ながらいきません・・・

これからお子さんにピアノを習わせたいと思われているご両親、そして既にお子さんにピアノを習わせているご両親には、今ここでお話したことをぜひ心に留めていただければ、救われるような喜びです。

また、できることなら、こんなお話をお子さんとする機会を少しつくっていただければ、教師としてこの上ない幸せです。

曲の進度のいかんにかかわらず、人とピアノという楽器が織りなす本当の音楽の美しさを追求していく。そんなレッスンを目指して、今後も精進していかなければと気持ちひきしまる思いです。

田辺 菜穂子



『仙川ピアノ教室』  [東京都三鷹市新川]





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